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署名へのご協力ありがとうございました。 --ダートトラック閉鎖およびレースシリーズ終了決定の撤回を求める署名--

昨年の5月に発表された、ツインリンクもてぎダートラックレースの終了とダートトラック営業終了に対する撤回署名へのご協力ありがとうございました。署名総数は9704筆。大変多くの方々の支持をいただけたこと感謝します。

本田技研工業およびモビリティランド宛てに署名を発送いたしました。以下はその請願趣旨です。
ダートトラック閉鎖およびレースシリーズ終了決定の撤回を求める署名

本田技研工業株式会社 代表取締役社長 伊東 孝紳 様
株式会社モビリティランド 取締役社長 大島 裕志 様


[請願趣旨]
去る2011年5月23日、株式会社モビリティランドツインリンクもてぎ・大野至総支配人名にて、ダートトラックレース参加者、および関係各位に対し、2011年をもってツインリンクもてぎダートトラックレース開催を終了し、開催場所である同所内ダートトラックにおいても2012年5月末日をもって営業を終了し閉鎖とするという決定文書が送付されました。
同文書、および大野総支配人からの口頭により「経営上の判断によるダートトラック事業からの撤退」という説明がなされておりますが、これまで長年ダートトラック競技に親しんできた私たちにとって、この突然の決定は到底受け入れ難いものであり、今般当請願署名を提出する運びとなりました。
1997年のツインリンクもてぎ開業以来、長年に渡り同地でのダートトラック事業にご尽力、あるいはご支援とご協力をいただいた関係者の皆さま方には大変失礼とは存じますが、何とぞ本請願の内容をご精査のうえ、願わくは今後の展望に関してのご回答をいただけますようお願いいたします。

ホンダは1980年代、当該種目の本場であるアメリカの最高峰レースシリーズGNC:AMA全米ダートトラック選手権において、RS600D、RS750Dといった純ファクトリーマシンを開発投入し、ハーレーダビッドソンの牙城を崩して同選手権の年間タイトルを獲得した輝かしい戦績を持つ、我が国で唯一の二輪車製造メイカーであり、またそれ以降も、公道市販車両:FTR250、FTR223、専用レース車両:無限MFT250など、ダートトラック競技とそのイメージに特化した市販車両を世に送り出してきた、世界で唯一のメイカーでもあります。
先日2011年12月11日に開催予定でありましたもてぎダートトラックレース第5戦は、結果的に凍結による路面不良のため開催不能となり、2012年3月4日に日を改めて開催されることとなりましたが、事前エントリーでは総勢110名を越すライダーが参加予定でした。そのうちおよそ90台はホンダ製のマシンであります。現行型モトクロス専用車両であるCRF250R/450Rに限ってもその数は25台を超えております。またファンライドバイクであるXR100R/CRF100Fや公道市販車両FTR250、FTR223は、ビギナーがこのスポーツを安価に始めることのできる車両であり、その総数は60余台です。
1997年のツインリンクもてぎ開業以来、参加者はこれまで長年にわたり、同地にてダートトラック競技を楽しむことを目的としてマシンを購入し、個々人がそのマシンにダートトラック競技に特化した改良を行い、日々のトレーニングや練習走行、整備を重ね、競技会の日にはお互いの技量を競うという生活を送ってきました。

今回決定事項として通達された「ツインリンクもてぎにおけるダートトラック事業からの撤退」とは、我が国で唯一のMFJ承認競技会であった当該種目競技会、すなわち公式競技カテゴリーとしてのダートトラックレースそのものの消滅と、スポーツとして安全にダートトラックを楽しむことのできる、国内において唯一無二の施設が失われることを同時に意味します。競技用のみならず数々の優れたマシンを世に送り出してきたホンダの関連事業体であるツインリンクもてぎにおいて、その多くの参加者がホンダのマシンを用いて長年にわたり当該競技に親しんできた場が失われるという事態に対し、私たちは心から遺憾であると言わざるを得ません。
昨今の社会情勢および昨年3月11日の東日本大震災、さらには昨年7月のタイ国での洪水により、御社が過少ならざる損害を被っておられることは、重々承知しております。しかし、世界有数の二輪車製造メイカーである御社におかれましては、御社本拠地である我が国での当該種目消滅という最悪の事態を回避するべく、存続に向けた全ての可能性と方策を改めてご精査いただけますよう、切にお願いいたします。

私たち参加者・関係者は、ダートトラック競技を今後も継続してツインリンクもてぎで行うために、安全面、経営上の改善策を提案することができます。その例として、簡単にではありますがいくつかの事柄を別紙にて添付いたします。(添付別紙省略)

昨年5月の決定通知以降、私たちはその撤回を求め、署名活動を行って参りました。活動の成果は添付の通りです。その中で私たちは、自身がどれほど深くこの競技を愛してきたかを再確認することができました。長年積み上げてきた物事はすでにひとつの文化であります。それを守り抜こうとする関係者の結束の機運は、かつてないほど高まっております。オートバイの高性能化は数々の種目を生み出してきましたが、すべての競技種目の始まりはダートトラックだったと言われています。100余年前にオートバイが誕生し、現在のような舗装路のサーキットが世界各地に建設される以前、オートバイでの競争競技はそのすべてが土の上で行われておりました。我が国でも1910年に東京上野で開催された勧業博覧会において、不忍池を周回するダートトラック形態のオートバイレースがすでに行われていたとの記録が残されております。
私たちが愛するダートトラックは「オートバイで競争する」というスポーツを、初源的かつ純粋な形で表現しうる、歴史的文化的観点からも貴重な種目であると考えます。前後輪がスライドする極限状態でのマシンコントロールを競技固有の要素として楽しみ、また遡ってはその基礎をたった100ccのマシンを用いて低リスクで習得し、さらにその技術を修練することのできる競技種目は、ダートトラックをおいて他にありません。

主催者、参加者ならびに関係者は、未来に渡りその文化を継承していくために、ダートトラックレースを維持し発展させていく努力を惜しむべきではありません。これは先日の東京モーターショーのプレスカンファレンスにて伊東社長が述べられた「モータースポーツはホンダの原点でありDNAである」というご発言と深く相通じるところであると考えます。

以上をふまえ私たち参加者は、ダートトラックにおける御社の歴史的業績、社会的影響力や、文化としてのモーターサイクルスポーツを維持、存続するため、今回のツインリンクもてぎにおけるダートトラック事業からの撤退の決定についてご再考いただけますよう、下記項目を請願いたします。
また同時に私たち参加者および関係者は、これまで以上にダートトラック競技、モータースポーツを世に広め、後世によりよい形で継承するべく、未来に渡りあらゆる努力を惜しまず行動し続けることをお約束いたします。

[請願項目]
一、本田技研工業およびモビリティランドにおかれては、ツインリンクもてぎでのダートトラック事業からの撤退決定について、今一度ご再考、ご精査いただき、世界有数の二輪車製造メイカーとして、文化としての当該種目の維持、および発展に、私たち参加者と共に今後とも一層注力いただけますよう、謹んで請願いたします。

2012年1月23日

請願者代表 2名

夏目忠志
ダートトラックを愛する会
関東ダートトラック普及委員会
ダートトラックエキスパートライダー

林真巳
ダートトラックを愛する会
ダートトラックエキスパートジュニアライダー

請願署名者 総数 9704筆